その技術を若い力に伝え、社会、会社、
そして社員の未来をつないでいく。
今ある建築業のイメージや常識に捕らわれることなく、
わたしたちはあらゆる物事に挑戦し、若い人達の憧れと
なる業界を創造する。
これからの建築業に無くてはならない人材の育成に取り
組み、業界を牽引し、未来につなぐ、そこから生まれる
明るい社会を想像する。
このロゴマークは社名である「M」と「K」の2つのモチーフが滑らかな曲線でつながり1つのマークに形成されています。
これは、私たち企業のスローガンである「つなぐ」をコンセプトにデザインされており、この滑らかというのはレールのつなぎ目の滑らかさを意味し、その流線型のフォルムは一見するとハートのようにも見えます。
これは、鉄道を利用するお客様への快適な乗り心地を提供する為の真心であり、レールをつなぐ技術の高さと誇り、仕事への情熱を表すハートでもあります。
コーポレートカラーの「ブルー」と「グリーン」はどこまでもつづく「青い空」と「緑の大地」を意味し、その中をどこまでも進んでいくレールをつなぎ、人をつなぎ、未来をつないでゆく覚悟の現れです。
2006年に社運を賭け組織変更を行う事を決意し、シンボルマークを含め全てを一新すべく最高のデザイナーを探していたんですよ、
ある日、久し振り会った友人が、着ていた作業服(ツナギ)に目が止まり、私は何処かのツナギブランドのマークだと思い「カッコイイね、何処のブランド」と尋ねると
「義理の弟がデザイン製作した」との事でした。私はその時何か運命を感じ「是非とも紹介してくれないか」と友人に頼みその場でアポイント取って貰いました。
数日後、色白で小柄な男が当社を尋ね来ました。その人がデザイナー西原氏(カラージャム)(以下N氏)でした。
〈デザイナーN氏の第一印象〉
挨拶をして軽い世間話をしました。それから私は仕事に対する考えや、情熱、誇りという話をほとんど一方的に語っていました。その間 N氏はメモも取らず私の目を見ながら話を聞いているだけで、この2時間くらいの間で N氏が発した言葉は「MKとはどの様な会社ですか?」「シンボルマークはどの様なイメージですか?」この二言だけだったと記憶しています。
私は、『30年先でも通用する未来的なデザイン』とだけを伝えました。この時は正直、N氏で大丈夫か?というのが第一印象でした。
〈悩みに悩んだ選考の結果〉
数日後、彼から数点のデザイン案が上がってきました。
送られてきた数点のシンボルマークに私は衝撃を受けたことを今でも忘れません。今だから言えますが、その時は期待していませんでしたが(ゴメン!N氏)
大変な誤解をしてしまっていた事に気付かされました。全てがカッコイイんですよ、数日悩みましたねぇ、結局決めきれずに社員投票をすることにしました。
結果、現在のシンボルマークに票が集りました、投票したほとんどが10代の新入社員や入社2年目の若いスタッフでした。私が選んだマークは候補にも上がりませんでした。みんなが選んだシンボルマークは当時の建設業には有り得ないスタイルでしたから!
〈大いなる決断〉
当時私は30代後半で、業界内ではまだ若僧と言われる年齢でしたが、10代のスタッフから見れば多少の世代間のギャップはあるのだと悔しいが認識しました、それからはMKスタッフ・N氏の意見に(極力)従う決断をしたんです。その時からMKが大きく変ったと思います、ここがターニングポイントですね。
MKスタッフ全員で選び『N氏が描いたシンボルマーク・ストーリー』に責任と誇りそして未来を感じ、何故か胸が熱くなり涙が出てきた事を思い出します。
そして冒険的にこのシンボルマークを導入しました。いや、冒険ではなく業界に挑戦でしたね。
当時は揶揄されることもありましたよ、しかし現在はスタンダードですよね。
その様なストーリーを経て現在のシンボルマークが誕生したんです。
現在33歳課長代理の今井も当時このマークに票を入れた若者の一人です。
〈出会いから現在〉
私は今現在も色あせず美しい曲線を描き続けるMKシンボルマークが私の宝物の一つですねN氏や大切なMKスタッフ達がいなければMKの象徴シンボルマークは誕生していません。
現在ではN氏のことは大変信頼していますよ。MKにはなくてはならない存在の一人です。今でもメモは取らないんですけどねー(笑)
後に、N氏に何でメモも取らず、私好みの凄いデザインが出来るのかと尋ねた事があるんです、するとN氏が「MK代表である前田さんのMKに対する熱い思いを私も感じとってるから」と。
正直、驚きました。感動しましたね。その時からMKの「クリエイティビティ(発想)」は彼に託そうと決めました。今では私は『決断、実行』に専念することにし、デザインラフに口を出さなくなりました(笑)
こうした活動が会社、業界の「イノベーション(革新)」につながると信じ進んでいきます。
また、社外からも認識されやすいため、自然と外からの目を意識し、MKを背負って行動することにも繋がります。自分たちの誇りを身にまとい、ユニフォームに少しでも愛着が出れば、社員のモチベーションやロイヤリティの向上など大きな役割を果たします。時代や機能性も考慮しながらユニフォームの企画は随時進行中です。
こんな小さな事ではありますが、日々持ち歩く名刺や、着用するユニフォームに愛着を持てればスタッフのモチベーションアップに少なからず貢献していくと思っております。そして自分たちの会社が誇れるものに成長していく事を願っております。
- H.3(1991)
- 埼玉県三郷市に「有限会社 エムケー東京」設立
- H.4(1992)
- 「日本銅管工事株式会社」(元JFEレールリンク株式会社)にてレール溶接事業を開始
- H.18(2006)
- 埼玉県吉川市に移転し「株式会社 エムケー」に商号変更
組織変更に伴い企業CI導入
- H.20(2008)
- 宮城県大崎市に「株式会社 エムケー東北支店」を開設
- H.28(2016)
- 「株式会社 エムケー東北支店」を閉鎖
- R.4(2022)
- 宮城県に「株式会社 エムケー東北支店」を再開